平成18年全国ホタル研究会情報誌

HPで読む、ホタルの移植の問題

蔦幹夫

 

 第34回全国ホタル研究会米沢大会で、「ホタルの移動と地域の固有性」のシンポジウムが行なわれた。パネリストや会場から多様な意見が出されたが、大会地元事務局として、ホタル等の移植についてのルール作りと全国ホタル研究会としての大会宣言を出したかったが、そこまでの合意形成はできなかった。しかしながら、全国ホタル研究会ホームページにあるように、ホタル類およびカワニナ類等の移植・放流に関して、「生物集団の遺伝子攪乱、あるいは近似種の混入の恐れがあることから、極力これを行わない。生息環境が十分であるか、また既存の生態系に影響を与えないかについて、事前に十分なアセスメント(環境影響調査)を行なうべきである」 の認識で一致したといえる。

 今回、全国ホタル研究会ホームページで、これまでの研究発表が容易に見られるようになった。ホタル等の移植の問題を過去の研究発表から探ってみたい。

 25回大会にて、宮下衛氏は、「ホタルから自然保護」の題目で、「ホタルの里」づくりの問題点を指摘した。ホタルは自然度のバロメーターとイメージされるが、「ホタルがいれば自然があると、自然が甦ったとひとは錯覚する」とし、今ある自然を壊して、ホタルの人工飼育施設が多いと指摘している。そして、「ホタルは自然の生態系の一部に過ぎないのだが、ホタルの水路さえあれば、ホタルさえ飛べばいいと言うのが大半の考えであり、貴重な自然は失われた。本当の意味での自然保護の難しさを痛感した」と言う。「ホタルが生息するためには、それを支える水と土と緑がトータルとして必要である」とし、ホタルだけの活動から、自然保護のホタルへの活動を提唱している。「人工飼育のホタルは、ペットに過ぎない」と、「なぜ、ホタルなのか」とホタルへの活動の再考の必要性を訴えている。

 27回大会にて、宮下氏は、「ホタルが生息する意味について」で、『生物の多様性に関する条約』では、種内レベルでの多様性についての概念が導入された事は特筆されるとし、ホタルの移植により、ホタルの種内の多様性が失われる事を懸念している。1982年の環境庁の『第二回自然環境保全基礎調査報告』から引用し、ゲンジボタルの移動について、「個体数が減少した地域で、地元のホタルを養殖して幼虫を放流するのであればともかく、すでに絶滅した地区または激減した地区に、他の地域からホタルを導入して放流することには大きな疑問がある。それは、形態だけでなく、おそらく生態的にも地域的な変異をもつゲンジボタルの自然分布が攪乱される結果になるからである」、「現在、すでに卵を生産して全国各地にそれを分譲する業者すら現れている」とし、「これは、“ホタルの家畜化”以外の何ものでない」と指摘し、「それぞれの地域に、それぞれ生き続けた歴史的なホタルの生活を守ってこそ、はじめてホタルを、そして自然を守ったことになる」と警告している。ホタルだけでなく、カワニナ等の動植物全般についても言及している。そして、ホタル等の種内の多様性は、「将来、人類の生存に欠かせない医薬品や食糧として役立つ可能性を秘めた生物がそこにいる」とし、地域固有群の維持の大切さを言う。

 28回大会にて、宮下氏は、「ほたると自然保護」で、「ホタルと言えば、まず飼育。そして、増殖(養殖)から放流へとその欲求はエスカレートするが、はたしてそれは良いのだろうか」と疑問を呈し、「野生生物の種の保存するためには、それぞれの地域でその生息地を保全すると共に、その地域個体群を維持することが求められている」と言う。ホタルも野生生物でも、「その飼育を考える前に、養殖池や増殖施設を作る前にすることはないだろうか」とし、「ホタルの里づくり」は「教育、交流、活性化の名のもとに善行レベルでのホタルの移動は依然として盛んである」し、「多様性の保全という観点からこのホタルの移動について考えると、それは美談なのだろうか」と、今までの大半のホタルへの活動のあり方に疑問を投げかけている。ホタルの移植・移入について、「全ての生き物に共通する問題として、魚をホタルやカワニナに置き換えて考える必要があるのではないだろうか」と提言している。世界資源研究所の「生物の多様性保全戦略」(1992)から、「一度、野に放された生き物を取り除くことは容易でない、特に、『同一の種』の導入・移植は、取り返しのつかない事態を招くことになりかねないこと理解する必要がある」とし、環境倫理学の思想(加藤19991)を説明している。そして、「ホタルがいれば『自然』であると思うのは錯覚である。本来の生態系から切り離されたホタルはペットに過ぎない」と言う。そして、「現状の田んぼや渓流・小川・湿地を生かして、自然の一員にしかすぎないホタルも生息できるような地道な努力を積み重ねることが、今一番に求められている」と提言している。だが、「ホタルを飼育・増殖して川に戻す・ホタルをペット化することで自然の大切な意義を見矢なってはならないと思う」と警鐘する。

29回大会では、宮下氏は、ホタルが自然の一員であり、ホタルだけの生態系はありえないとし、「ホタルを中心とした食う食われるの関係について」を寄稿し、「カワニナとゲンジボタルの飼育施設を作って2〜3年後にはカワニナなどの貝類を捕食するヒルが大発生し、カワニナと共にホタルも絶滅するのが通例である」と警鐘している。自然生息地で、「ホタルが永続的に発生するには、ゲンジボタルや貝類を捕食する生き物を含めた数多くの生き物が生息する自然の食物連鎖が成り立つ、種の多様性が保たれた生態系があるからであろう」と言う。

31大会では、後藤好正氏は「東京都多摩川河川敷で記録された帰化ボタル」で、南北アメリカ大陸に多く生息するノハラボタルが多摩川河川敷で1983年確認されたが、1997年の調査でも確認し、「現地では完全に定着し繁殖していると推定される」とし、「他地域の同様な環境についても注意をはらう必要がある」と指摘している。

 33回大会では、遊磨正秀氏は「新聞記事にみるホタルへの関心」で、「ホタルに関する話題の中で大きく取り上げられたものの一つに『放流』というキーワードがあった。ホタルの幼虫放流、あるいは餌であるカワニナ放流のことが事業として行なわれ、それが紙上に大きくとりあげられると、そのことがあたかも良いことのようにうけとられてしまう可能性がある」と疑問を投げかけ、「近年、全国ホタル研究会でも放流に関しては自粛あるいは規制の声が高まっている」とし、「情報メディアへの情報提供あるいはそこでの情報掲載については留意すべき点が残されていると思われる」と言う。

 鈴木浩文氏は「ミトコンドリアDNAからみたゲンジボタル集団の遺伝的な変異と分化」で、ゲンジボタルの遺伝子的変異を解明し、グループ間の関係をしめした。「ミトコンドリアDNAからみたハプロタイプグループ地理的・地質的な構造に対応して明確に区別され、自然状態での移動はかなり制限されていることが分かる。これは幼虫が水生であるために水系ごとに移動が制限されている」と言う。また、発光間隔からみた2秒型と4秒型の違いは、「東北と関東グループの祖先型において2秒型から4秒型が派生してきたものと考えられる」言い、発光間隔からの東日本型・西日本型ゲンジボタルを遺伝子的に解明した。そして、「東京都多摩地区においては人為的に移入による遺伝子的な攪乱が確認されており、今後自然環境の保全・復元においてホタルを移植する場合には、このような遺伝子的な背景を考慮していく必要があると思われる」し、遺伝子的な観点からもゲンジボタルの移植に警鐘している。

 34回大会にて、鈴木氏は「ホタルの保護・復元における移植の三原則」で、「ゲンジボタルは生態的・遺伝的に分化しを遂げているため、人為的な持ち込みは生態的・遺伝子型の分布状態を攪乱してしまう可能性がある」とし、「多摩地区において他地域から持ち込まれたゲンジボタルがどの程度定着しているかを」遺伝子的に調べ、東京都には中部や西日本の遺伝子のゲンジボタルが生息し、人為的に持ち込まれたものが定着した可能性が高いとしている。一般的に、「野生生物が本来持っている移動能力をはるかに超えた人為的な移入は、在来種の捕食や競合による駆逐、近縁種との交雑による遺伝的汚染採餌行為による植生の破壊などにより、地域固有の生態系の存続に大きな影響を与える」と指摘する。そして、「今回の遺伝調査の結果を踏まえて、ホタルの保護や復元のために移植を試みる場合の三原則を提案する」とし、「1、生物地理学上、本来生息しない地域には移植しない。2、数を増やすために他地域から移植するのでなく、本来生息しているホタルを保護していく。3、自生のホタルが絶滅し移植を試みる場合は、最も近い水系のホタルを導入する」と言う。

 これらの研究発表を踏まえ、全国ホタル研究会はホタル等の移植に関し、指針づくりを求められている。理事会では指針の検討を行なう内部作業を行うことが決まった。ホタルだけの生態系は自然にないし、もし、作っても永続はしない。全国ホタル研究会はホタルの発生量を競うことなく、それぞれ地域にそれぞれのホタルがいて、それぞれのホタルの自然史がある。それを大切にし、ホタルだけでなく、多くの生き物がいる自然保護を提言すべきである。